一等星

 眼下にはその裾野に抱かれた明滅する無数の赤。反転してみえる世界。
 この街のつくりは特殊で、まるでスペクトラムアナライザのようにデタラメに立ち並ぶ高層ビル群を覆うようにして四方を高い山々が囲っている。
 ビーズを散らかしたような都会の喧騒は遥か遠く、嘘のような静寂に包まれた山頂の公園。僕はここが気に入っている。わざわざロープウェイに乗ってまで訪れることも少なくない。僕は巨大な街を一望できるベンチに腰かけ、ポケットにひとつ残ってあった飴を口に運んだ。そして一気に噛み砕く。歯にへばりついた砂糖菓子の不快な甘さと、わかりやすく身体に毒なオレンジの匂いに笑ってしまいそうになる午前0時。
 抉るような寒さに耐えようと再びコートのポケットに手を入れる。背伸びして買ったBURBERRYのトレンチコートだ。“ぶるーべりー”なんて発音しては君に笑われたっけ。
 ふっと目を上にやると世界を藍色にそめる淡い月光と夜空に溶ける星。思わずスマートフォンに手を伸ばし、カメラを起動する。液晶の向こうに出力されるのはどこまでも拡がる黒に一滴の白。方舟のような月も星たちもそのかたちを失って遠く滲む。これじゃあInstaの肥やしにもならないな、言ってため息をつく。息が白い。当たり前のことに気づかされることが多い夜ほど寂しさが僕にまとわりついて離れなくなる。
 ー透明。自分が何者なのか分からなくなる瞬間はきっとだれにでもあるのだろう。何者でもないから何色にでも染まることができるんだってそんないつかの励ましも、おぼろにぼやけて空をきる。朝が来ないままの街を見つめて静かに沈んでゆく。こんな僕を君は笑うだろうか。
 くしゃくしゃにした銀紙をちりばめたような世界の中で、それでも1等星の輝きを見せる君は。